2017年を振り返って

色々な方がインターネット上で勧めていたフランクリン・プランナーの手帳。残念ながら私には合わず、あまり有効活用せずに終わってしまったのですが、手帳の最初のページに書いた今年の頭に立てた目標を振り返ってみました。中長期的目標だったので、具体的に叶ったと言えるわけではありませんが、今年1年を通じて、やはり私が進みたいのはそういった方向だと今再認識しています。それは不思議とMelissaも最初のセッションで私が自分の名前しか彼女に告げていない時から予言していて、いつも応援してくれています。

もしかしたら、今や海外で最も有名な日本人女性ではないかというほど大活躍のこんまりさん。彼女は、毎年1年の終わりに旦那さんと一緒に、大きな紙に、この1年に起こった出来事を書き出し、うまく行ったこと、ときめいたこと、学んだことを記しているそうです。私も大晦日の今日、それに倣って今年1年を振り返ってみました。

昨日のブログ(こちら)でも触れましたが、今年のキーワードは、「価値観のシフトが起こるような数々の出会い」だったと思います。日本では、「石の上にも3年」や「忍耐」といったことが美徳とされ、たとえ自分に合っていないことでも「頑張る」ことが求められることがあり、そんな思考は、特にNYのようにスピードの早い街で移民として生きていく私にとって絶対条件だと思っていました。しかし、Melissaのアドバイスや、今年に入ってからブログを通じて知り合ったパリ在住のミカリュスさん(彼女のパリ生活や人生観については、彼女のブログからどうぞ)、そして、NYで親しい交流が始まった友人たちの生き方を見て、もっと自分が好きなことに集中しても良いのではないか、さらには、そういったことに精力を注ぐことが、私が一番幸せな生き方なのだと思うようになりました。

アメリカ史上主義の新大統領のもとで、移民としてアメリカで生きることはどんどん厳しい状況になっていますが、英語もネイティブでない移民がアメリカ社会でアメリカ人に混じって生きていくことはいつの時代も簡単なことではなく、この8年間、マラソンに例えると、常に上り坂、時には次の給水所も見えない道の中をひたすら走り続けてきました。9年目の今年は、少しは平坦な道が見えてきたので、スローダウンして、周りの景色をもっと楽しんでいけたらと思います。そして、私が楽しいと思えることにもっと時間を使えるような生き方に少しずつシフトしていきたいです。そんな先にどのような景色が待っているのか、一年後の今どんな記事を書いているのか、楽しみです。

クリスマスの日に行ったジャズライブ@Groove

今年は、8年間続けてきたアメブロを卒業し、こちらのブログに引っ越しをするという大きな出来事もありました。そのおかげで、ブログの解析情報がより正確になり、日本やアメリカだけでなく、ヨーロッパやアジア等世界中の方々が私のブログを見てくださっていることを日々実感できるようになりました。私のブログはNYの情報を発信していますが、世界の様々な国からやって来た人々が暮らすNYで学んだ生き方や考え方は、世界の他の都市で暮らす方々にも、何かヒントになるのではないかと思っていますので、そんな方々とブログを通じてつながることができるのは、とてもうれしいです。

2018年が皆様にとって笑顔あふれる1年になりますように。

マイナス10度のNYから愛を込めて☆
2017年12月31日 white cat

人生のスパイラルと引き寄せ

あっという間に年の瀬ですが、ニューヨークにいると、日本の年末年始のような厳かさはなく、特に今日は朝から粉雪が舞っていたので、いつもより静かめの休日といった感じです。

ニューヨークへ渡って早くも9年目の冬を迎えています。私にとってニューヨークでの1年1年はそれぞれ違った彩りの濃いもので、どの年も忘れがたいのですが、ここまでの8年4ヶ月を走馬灯のように振り返ると、とても面白い一貫した法則が見えてきます。

それは、ニューヨークでのその時の自分の人生のステージ、自分が考えていたり探し求めていたりすることが変わるにつれて、出会う人や普段プライベートで付き合う人たちが大きく変わっているのです。

遅ればせながら、ロックフェラーセンターのクリスマスツリー。やっと見に行って来ました。アメリカにはお正月文化がないので、どこに行っても、クリスマスツリーは、年明けまで飾られています。

語学学校に通ってニューヨークでの生活に必死についていきながら仕事探しをしていた1年目。同年代の日本人女性でキャリアアップのために私費留学をしている方々や、世界の様々な国からの留学生たちとの出会いがありました。

仕事が決まり、気持ちに少し余裕が出て、日本人として日本文化をさらに学ぶことに興味が出てきた2、3年目の頃には、同じような志を持った日本人の方々と知り合いました。ニューヨーク生活も長く、異国の地で日本人と凛として生きている彼らの姿は大きな刺激になりました。

その後、新しい会社で出張が多かったりと拘束時間が長くなったこと等に伴って、新しい友人を作るというよりは、それまでの友人たちとの交流を楽しんできたのですが、ニューヨーク生活が6年ぐらい経った頃、ふと気がつくと、いつも一緒に外出していた仲の良い友人たちは、ほとんどと言って過言でないほどにニューヨークからいなくなってしまっていました。学校を卒業して母国に帰ったり、日本で働くことを選んで日本へ帰国したり、別の州へ引っ越したり。
ニューヨークは、多くの人を惹きつける不思議な魅力がある反面、勢いの強い街なので、ずっと住む場所として考える人ばかりでなく、勉強や仕事での人生の目標を達成するための通過点としての都市として捉えている人たちもとても多く、数年でニューヨークを離れてしまうのです。そのため、私の場合も、渡米から6年も経った頃には、ニューヨーク生活初期の頃の友達が皆遠くへと行ってしまったのです。

そのため、2年前は、ニューヨークでの友人関係の再構築をする時期となりました。そんなことを意識したわけでもなく偶然参加したイベントで、気の合う日本人女性たちと知り合う機会に恵まれ、ニューヨークで生きていくことを決めて生き生きと暮らしている彼女たちは、私にとってかけがえのない友人になりました。

そして今年に入ってからは、その時の友人を通じて、キャリアウーマンでいながらしなやかな生き方をしている日本人女性たちと出会ったり、今年に入って出会ったとは思えないほどに気が合う同じ趣味を持つ友人と巡り合ったり、数年前から知人関係だった子との仲が急に深まって2人でお茶をする関係に発展したり、地球の裏側の全然違うところで生まれ育った人と意気投合したり、といったことがありました。不思議なことに、私のニューヨークでの根が深まれば深まるほどに、私よりもニューヨーク生活の先輩で、これからもニューヨークで暮らしていくことを決めた人たちに囲まれるようになったのです。もちろん、ニューヨークを離れた昔からの友人たちとの交流も続いていますが、やはり、異国の地では、身近にいてすぐに会える友人たちがいることはとても心強いので、ここ数年の間に知り合った友人たちが皆ニューヨークをずっと生活の基盤に考えて暮らしているのは嬉しいです。

ツリーの写真を撮っていたら歓声がしたので見に行ってみると、アイススケートリンクでのプロポーズ。女性が”YES”と言った瞬間に、その場に居合わせた観光客から湧き上がった祝福の声だったのです。写真の右奥は、クリスマスのウィンドウディスプレイで有名なSaks fifth acenueという高級デパート。

さらには、大げさではなく、価値観のシフトが起こるような出会いもいくつかありました。その一人が、以前このブログでもご紹介させていただいたMelissaです。
今年に入って彼女のことを知ってから2度セッションを受け、折に触れて彼女のメッセージを反芻しているのですが、普通であれば障害であると思うようなことに対しても新しい見方を提示してくれたり、「こうした方が得」とか「こうするべき」といったことに全くとらわれずに、今の状況はこういうふうに考えると良い、といったことを愛情たっぷりに話してくれるので、良い時もそうでない時も、彼女の言葉は私の中で響き続けています。今年は、Melissa(過去記事「人生の水先案内人」はこちらからどうぞ)、ブログを通じて知り合ったパリで生きる女性、ドラマのようなシチュエーションで忽然と私の前に現れた友人との交流を通じて、私がこれから生きていきたいと思う方向性がより明確になった年でした。そんなことが起こったのも偶然ではなく、私のニューヨークでの生活が安定し始め、私自身がさらに次のステージへと向かう準備が整いつつあるからなのだと思います。

明日はそのへんの話を少し掘り下げ、来年に向けて目標を設定して、このブログの1年を締めくくりたいと思います。

皆様、良い年末年始をお過ごしください!

Happy holidays!!!

クリスチャンだけが住んでいるわけではないニューヨークでは、この時期の挨拶は、Merry Christmasではなく、Happy holidays!です。

ライトアップで幻想的なカーネギーホール。

日本では、師走とも言われる12月は、年内のうちに片付けなければいけない仕事で追われたり、同僚や友人たちとの忘年会続きで、そのままあっという間にお正月へ突入、という慌ただしい時期かもしれません。でも、年末にしっとりと年越しそばを食べながら、知らない歌手が多くなってしまっていても紅白歌合戦を見て、行く年来る年とともに年を越し、1日になったら近所に初詣に行き、年賀状を見ながらおせち料理を食べ、みかんを食べながら箱根駅伝を楽しむ、という日本のお正月が大好きなのは、私のDNAは完全に日本人だからだと思います。

海外でのお正月はとてもあっさりしています。12月25日は街の機能が麻痺するほどに何もかもが閉まるアメリカですが、逆に、会社は短縮営業とはいえ12月31日まで開いていて、お休みは1月1日のみ。たいていの人は、12月最後の週から1月最初の数日は休んでいるので、実際会社自体はとても静かですが、その間のお休みは有給休暇を使わなければいけません。

私自身も毎年1月3日から出社しているので、ゆっくりお正月モードにひたる暇もなく、今のうちにゆっくり充電しておかなければと思っています。

この時期、ニューヨークにはあらゆるところにクリスマスツリーが登場します。さすがアメリカ、天井までそびえるクリスマスツリーは圧巻。

少しでもお休みがあればNYに残っているのがもったいないと思ってあちこちでかけていたここ数年ですが、今年は数年ぶりにNYで年末年始を過ごすことにしました。
普段できない平日ランチやお茶を友人たちと楽しんだり、クリスマスらしい催し物に出かけたり、とあっと言う間に予定が埋まって、久しぶりのNYでの年末年始も楽しそうです。

今年は、アメリカは大統領が変わり、一年を通じて大きな乱気流の中に巻き込まれたような1年でした。でも、そんな時だからこそ、気流に足をとられながらも、自分にとっての幸せや重視する価値観をより明確にし、少しずつ人生を操縦していくことがどれだけ大切かを強く感じた1年でもありました。

我が家にやって来たサンタさん?!

皆様にとって、愛と笑顔に溢れたホリデーシーズンになりますように☆

まるで遊園地☆NY1のイルミネーション

以前からずっと行きたいと思っていたクリスマスイルミネーションの名所、Dyker Hights。ブルックリンの奥のほうにあり、なかなか機会がなかったのですが、今年は遠方から遊びに来てくれた日本での前職の後輩ちゃんと一緒に遊びに行ってみました。

この地域は、1980年頃からクリスマスイルミネーションが華やかになり、今ではそれぞれの家が競い合うようにイルミネーションで家を彩っています。

その規模は年々大きくなっていて、今では、この短いクリスマスのシーズンに、普段は静かな住宅街に10万人もの観光客が訪れるそうです。

どの駅からも20分ぐらいは歩かないとたどり着けないこの場所に近づくにつれ、少しずつイルミネーションを纏った家が現れてきたのですが、その規模は圧巻。
一つ一つの一軒家がとても大きいので、壁面の装飾の量も、個人の家とは思えないようなものなのです。

お家によって趣向が異なるので、真冬の中歩いていても全然飽きることがなく、次はどんなお家が現れるのだろうとわくわくしながら歩を進めていきました。

突如現れた壮大なイルミネーション。

さらに近づいてみるとこんな感じ。イエスキリストの生誕を再現していて、本格的なセッティングです。

こちらは大人っぽいイルミネーション。

お庭にもたくさんの装飾。

お家によっては、このイルミネーションの電気代が200万円にもなり、一部は寄付で成り立っているようです。

マンハッタン内のロックフェラーセンターのクリスマスツリーのような定番の名所も風情があって良いですが、Dyker Hightsもこのクリスマスの時期にぜひおすすめしたいです。Dyker Hightsの歩き方は、こちらのページに詳しく載っていますが、英語のページなので、私のほうでいくつか歩き方のポイントをご紹介したいと思います。

・イルミネーションは各家が独自に行っているのもので、電飾は6時から9時ぐらいの間に限られているようで、お家の方が寝静まる9時頃になると消灯されるそうです。ゆっくり回るとあっという間に2時間ぐらいは経過しますし、マンハッタンからも1時間ほどかかるので、時間に余裕を持って訪れたいです。
・どこの駅から向かうかにもよりますが、駅によってはほとんど周辺にお店がない場合もあるので、トイレは事前に行っておき、飲み物の量も調節したほうが良いです。Dyker Hightsは完全に住宅街なので、イルミネーションを見ている間はトイレには行けません。
・イルミネーションが一番華やかなのは、11th avenueから13th avenueにかけての83rd streetから86th streetです。近くまで行けば、観光客がたくさんいるのですぐに分かると思います。
・86th streetの駅から行く場合は、この駅の周りにはレストランがいくつかあるので、その前後に夜ごはんを食べることができます。そうでない場合は、マンハッタンまたはブルックリンの通り道でごはんを食べることになります。イルミネーションを見るのがちょうどご飯時なので、お腹が空かないようにスナックを持っていっても良いかもしれません。
・携帯のカメラではきれいな写真を撮るのに限界があるので、可能であればカメラを持参したほうが良いです。
・ツアーもあるようですが、地下鉄に乗って行ける場所ですので、特段お金を払ってツアーに参加する必要はないと思います。

携帯で撮った写真なので、臨場感に欠けてしまいますが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

良いホリデーシーズンをお過ごし下さい。

ニューヨーカーの出会い方・その3

ニューヨークでのアメリカ人カップル、日本人とアメリカ人カップルに続いて、今回はニューヨークでの移民同士のカップルについて書いてみたいと思います。

グランドセントラル駅のアップルストアのりんごマークもクリスマス仕様で赤い色に!

 

 

中学生の時に、地理の先生が、「アメリカにはニューヨークという都市があり、多くの移民が暮らしていることから、人種のるつぼやサラダボールと言われています。」と話しているのを聞いて、ニューヨークってどんなところなのだろう、と興味が湧いたのを今でもはっきり覚えていますが、世界のどの都市を見ても、これだけ様々な国の人が暮らしている場所は他にないと思います。

最近仕事でたまに利用するFulton street駅に続くショッピングモールのツリーは、日によって色が変わります。

 

 

今、この記事を書いている地下鉄の中を見渡しても、日本人がイメージするようないわゆる金髪白人のアメリカ人は全然見当たりません。
移民にあふれたニューヨークで面白いのは、たとえどんなに色々な国の人と知り合うことが可能なこの街でも、自分の出身国の人と付き合ったり結婚したりしているケースが多いということです。

当然ですが、よほど幼少の時に移住しない限り、自分が生まれ育った国の価値観や生活様式、食生活が身体のすみずみまで染み渡っています。私自身も、ニューヨークでの生活が8年も超えたので、アメリカ流価値観を「頭で」理解し、渡米当初には疑問だらけだった日本と異なるアメリカの考え方に対する違和感はほとんどなくなっています。それでも、私は日本人であることには変わりがないので、どんな物事に対しても、アメリカのものをそのまま受け入れるのではなく、いつも、日本ではAだけれどアメリカではBやCである、といった感じで、何かの判断基準から日本の軸がなくなることはありません。また、食についても、もし風邪をひいたら、こってりしたお肉ではなく、おかゆや生姜湯を飲みたいと思うし(アメリカ人には風邪の時に消化の良いものを食べるという感覚は少ないようで、遠い知り合いの人がアメリカ人の旦那さんに体調が悪いときにお肉を出されて腹が立ったという話を聞いたことがあります。)、アメリカのバーでよく見かけるバッファローウィングよりも、見た目は似ているけれど、日本の唐揚げの方がずっと美味しいと思うし、フレンチフライであれば、ほくほくしたモスバーガーのフライドポテトの方がアメリカの有名店で出されるフレンチフライよりも美味しく感じます。

そんな感覚は、どんな国の人にもそれぞれ違った形で存在していて、私のように、宗教にこだわりのない世界的にも稀有な国から来た人を除き、他の多くの国の人たちは、まず、自分と同じ宗教(それも宗派も一緒)ということに重きを置いていたりもします。
宗教は、日々の生活の中に浸透していて、週に1度お祈りに行くという形式的なものではなく、どんな宗教の人であれ、それなりに信仰深い人であれば、毎日お祈りをしたり、宗教に基づいた伝統行事も年間を通じてたくさんあるので、信じる宗教が違うということは、性格が合う合わないというよりも前に、価値観が根底から違うことを意味するのです。

12月というとクリスマスをイメージしますが、クリスマスを祝うのはクリスチャンだけ。ニューヨークに多く住むユダヤ教徒やイスラム教徒にとっては、クリスマスは全く関係ない行事です。

 

 

こうした事情から、パキスタン人の同僚は同郷のパキスタン人の女性と結婚しているし、セルビア人の同僚は、出身国は違ってもセルビアの血が流れたロシア人と結婚しているし、中国人の同僚たちは中国人と付き合ったり結婚したりしているのです。日本人も同様で、宗教の壁が低いので、他国の人と一緒になることは、他の国の人よりも敷居が低いですが、やはり、言葉や食といった事情から、日本人は日本人と一緒になることが多いです。

世界の各地にあるチャイナタウンは一番分かりやすい例かもしれませんが、あそこまで大規模とはいかなくても、ニューヨークには、様々な形で同じ出身国同士の人たちのコニュニティーが存在しています。それが顕著なのは、マンハッタンのお隣、クイーンズで、ここでは、この駅はウズベキスタン人が多いとか、そのお隣の駅にはジャマイカの人がたくさん住んでいるといった形で、自然と同じ国の人たちが同じエリアに住んでいます。はるか昔に移住した人が、たまたま住むことになった地域に出身国のスーパーやレストランを出店したことがきっかけで、後に続いて移住した同じ国の人たちが自然発生的に集まってくる、という流れが一般的だと思います。

日本人はあちこちに散らばって住んでいますし、数も決して多くはありませんが、習い事や日本関連の催し、友人のホームパーティー、(日系企業に勤めていれば)職場、語学学校、大学、友人の紹介といったあらゆる形で知り合う機会があり、こうしたところで知り合った人たちと繋がっていきます。

日本では、「世界の日本人妻は見た!」という番組にあるような国際結婚カップルについての興味も高いのではないかと思いますので、そのへんの事情はまた追ってご紹介できたらと思います。

チェルシーマーケットでブランチ。お隣のアメリカ人にもlooks goodと言われたホットケーキはアメリカサイズ。