ニューヨーク移住を考えた時に最初にしたいこと

ニューヨークに住んでみたいと憧れる人はたくさんいると思いますが、日本で築いてきた生活を手放して、実際にどうやったら移住ができるのか、という情報はあまり世の中に出回っていないように思います。


この週末は、ニュージャージーの友人宅へ。ハロウィンの飾り付け🎃が残るアメリカらしいお家。

私自身、9年前ぐらいに、一人で渡米の計画を立てていた頃は、右も左も分からず、仕事から帰っては、夜な夜なニューヨークや留学、移住というキーワードで、ネットサーフィンをして情報収集するという毎日でした。

そして、渡米してからは、ブログで見つけた情報を参考にしながら、自分なりにこうしたらいいのではないかという戦略のもとに、試行錯誤を繰り返していました。


再開発により完成したワールドトレードセンター跡地の最寄駅、フルトンストリートにつながるショッピングモール、Oculus。

ニューヨークに移住しようなんて考えること自体、日本では珍しかったかもしれませんが、ニューヨークに渡ってから、自力で渡米してキャリアを築き、生き生きと輝いている多くの日本人女性と知り合い、熱い想いと適切な戦略と行動力があれば、一見無謀と思えるような渡米も、十分実現可能であることを改めて感じています。

今日は、私のように、社会人になってからのニューヨーク移住を考えている方々に向けて、渡米に先立って最初にやった方が良いと思うことを書いてみたいと思います。

まず、一番重要なのは、ニューヨークで何をしたいか、ということです。

ニューヨークに短期で住むのであれば、会社を休職したり、仕事を辞めて次の仕事を見つけるまでの間に来ることができますが、長期となるとそういうわけにはいきません。

そこで重要になってくるのが、ニューヨークでの長期的な目標設定です。これが、ニューヨークで生活を立ち上げ、大変なことがあっても乗り越えていく原動力になるものなので、ぶれない目標であることが重要です。

私の場合の目標は、日本のキャリアの延長として、ニューヨークで国際人としてのキャリアを築き、グリーンカードを取得する、というものでした。

なぜ目標設定が必要かというと、これは後から感じたことですが、ニューヨークで暮らしていると、色々な誘惑、時には魔の手が忍び寄ってくることがあり、そうしたことに遭遇した時に、正しい判断をして、「ぶれないで」いられるからです。

なぜこんな風に思ったかと言うと、様々な事情によって軸足や本来の渡米の目的がぶれて自分の自身を見失ってしまったために、結果的に辛い思いをすることになってしまったり、目標叶わずして日本へ本帰国することになってしまったりといったことがあり得るからです。

その辺の事情を次回は掘り下げて書いてみたいと思います。

ドミニカ共和国の女の子の馴れ初め

最近、ドミニカ共和国出身の両親を持つ、NYで生まれ育った女の子と一緒に仕事をしています。カリブ海に浮かぶ小島、灼熱の太陽の日差しのもとで、のびのびした国民性というイメージが強いドミニカ共和国のイメージそのものの、明るい太陽のような女の子で、それでいて、さらに真面目でテキパキと仕事をこなしてくれるMちゃんを私はとても慕っています。

そんなMちゃんと、先週、今週と地方出張で一緒に仕事をする機会があり、2人で田舎の和食屋さんで夜ご飯を食べながら、色々な話をしました。

Mちゃんは、入社まだ2年目という若い女の子ですが、昨年結婚しました。
しかし、NYで生まれてアメリカ国民であるMちゃんと違い、ドミニカ共和国出身の旦那さんは、まだグリーンカードを待っている段階で、Mちゃんは、なんと交際期間も含めて6年間、旦那さんと遠距離で暮らしています。

そんなMちゃんが、結婚前に旦那さんと取り決めをしたことがあるそうです。それは、家事の平等な分担。

日本では、まだまだ男性の力が強い上に、長時間労働のために、物理的に男性が家事や育児に積極的に参加することは難しい状況ということを、NYには普通にいる家庭的な男性たちを見ると強く感じますが、ドミニカ共和国では、その状況は日本よりもっとひどく、男性は、たとえ女性が働いていても、女性が家のことはすべて行うことを期待しているそうです。
それは、女性の社会進出がアメリカのように進んでいるわけではなく、専業主婦も多い国のため、自然と男性が家のことに協力しないという構図が作られていってしまうことにもよるのかもしれません。

しかし、男女平等、そして女性の社会的自立も広く謳われているアメリカ社会で生きてきたMちゃんは、ドミニカ共和国の封建的なスタイルを受け入れることはできず、今の旦那さんに、結婚する前に、家事はお互いが働いている以上、半々で行うことを提案したそうです。
旦那さんは、ドミニカ共和国出身の男性の中では珍しく、とても柔軟な考えを持っていたようで、今でもMちゃんが半分以上家事をやってくれたらいいな、という思いがある反面、「Mちゃんが幸せであることが一番で、そんなMちゃんを見ていることが好きだから。」と言って、Mちゃんの思いを全て受け止めてくれ、それが、Mちゃんにとって、今の旦那さんと一緒にいることを決意する決め手になった、とMちゃんは私に話してくれました。


ウォール街からマンハッタンを臨む。少し雲がかっていますが、パノラマのようです。

アメリカでは、相手に合わせて自分を無理に変えようとしたり、相手の顔色を伺って自分の考えを言ったり言わなかったり、ということは、特にプライベートな状況ではまずなく、自立した女性たちは、皆、自分の凛とした考えを持っています。

それに対して、日本では、相手に合わせて、つい何でもいいよ、と言ってしまったり、さらには、自分の意見を言わないということがまだまだあるような気がしています。また、自分の考え(たとえば、小さなことでは、何を食べたいかとか)を常に言う社会ではないので、そういったことからも、自分が納得するかしないかは別にして、なんとなく他人が言ったことに合わせる習慣がついてしまっているのかもしれません。

そんなことから、相手に対しても、あくまで自立した一人の人、として、自分の核となる部分はぶらさずに生きているMちゃんは、とても素敵だと思いました。

正直、遠く離れたドミニカ共和国ではなく、自分が住む身近なNYに恋人がいたら良いと思って、大学時代にちょっとデートしてみたりもしたそうですが、あまりに誠実でない男性たちに辟易し(都会ゆえの事情でしょうか。NY、特にマンハッタンには、真面目な男性は少ない、というのはよく言われています。)、結局、自立したMちゃんを尊敬してくれ、そのスタイルを受け入れてくれた今の旦那さんがMちゃんの生涯の伴侶になりました。

欧米では、日本特有の「何でも良い」は通用せず、”What do you want?”と聞かれたら、必ず自分の答えを言うことが求められます。
“What do you want?”と聞いてきた相手は、こちらが伝えたことをきちんと叶えようとしてくれますので(叶えることを楽しんでいるかのようでもあります)、海外では、自分の意見を恐れずに伝え、自分らしく生きていくことを強くおすすめしたいです。

 

私が好きな英語の挨拶表現(別れ際)

アメリカでは、知らない人とちょっとした会話をする機会が割りと多くあります。
島国の日本では、知らない人はよそ者という意識が強いからか、面識のない人と会話をすることはおろか、どんなに顔見知りの人(例えば同じマンションの他のフロアに住む住人や会社で隣の部署の人)でも直接知っているわけではない人と、会話をすることはあまりないように思います。

しかし、NYでは、エレベーターの中や家の近くでご近所さんとちょっと話したり、ふらっと立ち寄ったお店で店員さんと話したり、といったことが、ごくごく普通の日常生活の中に組み込まれています。


ハーレムで偶然見つけたマンションの壁1面の落書き。(もはや落書きというレベルを超えています。)
では、そうした人たちとの会話の最後はどうやって結んだらよいでしょうか。英語には、そんな場面に最適な定型の挨拶表現があります。

今日は、そうした会話を締めくくる挨拶表現について書いてみたいと思います。
Have a good day (Enjoy your dayも使います。)- 朝 (良い一日を)
Have a good afternoon (Enjoy your afternoonも使います。) -お昼 (良い午後を)
Have a good night - 夜 (良い夜を)

面白いことに、上記の表現は、日本語に意訳すると、「じゃあまたね。」とか「さようなら。」となりますが、そういった時に、ネイティブの人たちは、good byeとは言いません。その代わりに使うのが、have a good xxxという表現なのです。

こうした挨拶は、見知らぬ人以外にももちろん使えて、帰社するときには、good byeの代わりにhave a good nightとなりますし、have a good nightは友人との別れ際にも使うことができます。

渡米して間もない頃に、さようなら = have a good nightということを知ったときには、軽いカルチャーショックを受けました。たとえ定型表現ではあっても、ポジティブなこうした言い回しが私は大好きで、特に朝に誰かにhave a good dayと言われると、その日は良い日のような予感すらします。アメリカに来る機会がありましたら、ぜひこうした表現にも注目してみてください。

*表紙の写真は、You’be Got Mailの映画でもお馴染みのcafe lalo。たまに訪れたくなるお店の一つです。

偶然ではない必然の不思議

私は霊感があるわけでは全くないのですが、エネルギーが溢れるニューヨークに渡ってから、偶然とは考えられないようなことに遭遇することが割と多く、目に見えない地球のエネルギーみたいなものを感じています。

最近よくあるのは、そういえばあの子元気かな?とふと思った友人からその翌日に連絡をもらったり、ちょっと慌ただしいからリスケしたいなと思っていた用事が先方の都合でなくなったり。

そんな小さな偶然もあれば、私が高校生の頃から大ファンのサッカーの中田ヒデ選手に、つい最近、ある空港のラウンジで、私の誕生日の前日にすれ違うという驚くような出来事があったり。神様がくれた誕生日プレゼントではないかと一人で舞い上がっていますが、実はそれ以外にも、こんな偶然はあるのかと思うような新しい友人たちとの出会いも、ここ数年でいくつも経験しました。

あの時、あの場所に行かなかったら今でも絶対に出会えなかった友人たち。何かの運命を感じずにはいられません。

インターネットが発達してどんな情報も瞬時に手に入る世の中になり、洪水のように溢れた情報の中で暮らしている私たちですが、実は人生はもっとシンプルで、自分が好きなことに集中し、そこに神経を向けることが、自分が欲しいものを引き寄せる秘訣なのかもしれません。


イーストリバーと、現在開発が進むとロングアイランドシティー。月明かりの中での幻想的な光景はずっと眺めていても飽きません。

海外で生きていくにはもちろん努力は必要不可欠ですが、それと同時に、運を掴んだり、偶然の幸運に恵まれる、ということも意外と重要です。この8年間を振り返ってみても、節目節目で、努力だけでは語れない見えない力に支えられてきたことを感じます。

ある人が、「幸運の女神様には前髪しかないから、その前髪を掴まないと!」と言っていましたが、待っているうちに、また、あれこれと考えているうちに、もう後ろ姿しか見えなくなってしまっていることもあるでしょう。なるべく前髪を掴めるように、私は自分自身、アンテナを張るようにしていますが、気づかずに見落としてしまったものもあるかもしれないですし、逆に、もしかしたら絶好のチャンスではないかと他人から見たら思うような幸運を逃す選択をした人たちも見たことがあります。

運を掴むのも実力のうち、と言われることもあるように、果報は寝ていてもやって来ないので、色々な可能性に向けて、自分で考えたり、行動したりすることの重要性を痛感します。また、全部自分でやるのではなく、周りの友人たちにも協力を頼むと、自分で思っていた以上に話が広がったりすることもあり、助けてもらった分、別の機会にはそんな方たちのお役に立てるようなことができたら、お互いにハッピーになれるのではないかと思っています。


コロンバスデーの夜に、コロンバスの出身、イタリアの国旗の色で染まったエンパイアステートビル。

ニューヨークからの声を日本へ

私のニューヨーク在住歴は8年で、まだまだ日本在住歴の方がはるかに長いですが、直近8年をどっぷりとニューヨーク生活に浸っていると、不思議と私の本拠地はニューヨークで、日本はよく知っている「外国」のような感覚になります。

日本に一時帰国する度に、街のいたるところにあるコンビニの便利さに感激したり、丁寧なカスタマーサービスに驚いたり、美味しいのに手頃な値段のごはんはどうしたら可能になるのか不思議に思ったりと、まるで海外から日本にやって来た観光客のような視点から日本を見つめることが多くなりました。

でも、不思議なことに、ニューヨークに来てから、「日本」への興味、特に世界の中での日本の位置づけや、他国にはない類い稀な深い歴史と日本人独特の緻密さに裏付けられた日本独特の伝統文化に対する関心は高まりつつあります。

そんな訳で、日本の政治家たちには、世界の流れも見据えて、きちんと国の舵取りをしてほしいという思いもあり、今週末は在外選挙の投票に行って来ました。


在外選挙の投票所である日本総領事館が入居しているミッドタウンのビル。

在外選挙は、現行制度では、日本総領事館に届け出をして、在外選挙認証を受け取らないと行うことができません。来年からは、住民票を日本で抜いた時にこの手続きができるそうですが、今のところそうではないので、手続きをした人しか投票権は得られません。

また、日本の投票日までに海外の投票用紙が日本に届かなければいけないので、在外選挙の締め切りは、通常日本の投票日の1週間ほど前ととても早く、公示がされたとたんに投票に行かなければいけず、候補者を吟味する暇もありません。

現地の週間ニューヨーク生活という情報紙には、こんな記事が載っていましたが、同感です。混沌とした世の中で、各政党の政策の違いも、果たして公約をきちんと実現してくれる政治家がいるのかも分からないですが、国や国民のために働いてくれる人たちが選ばれますように。

「日本からの新聞報道では自民リードですね。希望は伸びなやんでる。党が解党していくところなくなった議員の受け皿となった立憲民主の理想は多とするけど、「希望」も含めて急こしらえの寄せ集め集団に未来の日本を託せるのかって思いを抱く有権者もいそう。で も自民が圧勝したら「好き勝手党」になっていってしまいそうでもある。40年ほど前の自民党と日本社会党の二大政党と、あとはその他、っていう構図が世の中、分 かりやすかった。」