2ヶ月ほど前のことになってしまいますが、NY唯一の本格的精進料理のお店、嘉日で、夢のようなイベントが行われました。それは、くずきりの大御所、鍵善と京都の歴史あるお茶屋さんとして知られる一保堂のコラボレーションで生まれたイベントで、NYで鍵善のくずきりやお茶菓子と一保堂のお茶が同時に楽しめるという、日本でもなかなかない贅沢な企画でした。
嘉日は、麩嘉という京都の老舗お麩やさんが経営する、京都の伝統を完全に守った精進料理のお店です。
京都という土地柄ゆえのさまざまな制約で、老舗のお麩やさんでも、新規のレストランを開くことは難しかったそうです。そうであれば、NYで日本に息づく伝統料理を紹介しよう、という麩嘉の現社長である小彫さんの一声で、嘉日がNYにのれんを出したのは、今から数年前のこと。一歩お店に足を踏み入れると、そこは日本にいるかの錯覚を覚えるかのようなこだわりの店内。一言で表現すると、静寂、わびさびといった日本の美がつまった空間です。天井には京都から調達した板を使い、店内の白壁、調度品には、オーナーのこのお店へのこだわりが凝縮されています。そして、旬の野菜をふんだんに使い、毎月変わるコースメニューには京都からやってきている料理長の意気込みや料理への情熱が感じられ、細部へのこだわりやおもてなしの精神は、「日本の美」そのものです。
現料理長は三代目。一代目の方のときにはお店に行く機会がなく、二代目の上嶋料理長の時代には、今月はどんな料理が出てくるのだろう、とわくわくしながら通っていました。上嶋さんは、京都の和久傳で修行をした一流の料理人。
どんな時でも絶対に手を抜かない最高級の仕上がり、シンプルな食材の素材の風味を生かした味付けと多様なコース料理、そしてその温かい人柄に惹かれてやってくるお客さんは後を絶たず、出身地の京都でご自身のお店を出されるために帰国されるまでの間、嘉日の総料理長として、ミシュラン一つ星を維持してこられました。
上嶋さんは今年の5月に帰国されてしまったため、このイベントにいらっしゃらなかったのはとても残念ですが、当日は、鍵善の次期社長とされている現副社長のお菓子職人の方が、練りきりのデモンストレーションをしてくれて、アメリカ人、日本人ともに、なかなか見ることのできない珍しい光景を熱心に見入っていました。
海外では、日本食ブームといわれていても、「正しい形で」日本食が伝わっているわけではありません。私のアメリカ人の同僚たちは、口をそろえて、日本人は毎日お寿司を食べていると思っていた、と言います。NYのようにアメリカの中心と言われ、世界中の食べ物が手に入るような場所ですら、和食といえば簡単に作れるものとしてお寿司(お寿司は本当は簡単ではありませんが、こちらではただ巻いたり握ったりするもの、として捉えられていることが多いです。)があちこちで売られているので、そんな勘違いが起こってしまうようです。
そういった状況で、嘉日のように、決して大衆受けするようなアメリカナイズされた和食に迎合せず、和食の基本に忠実に則り、日本人とアメリカ人を楽しませてくれるお店が、こうしてNYの地に根付き、着実にその土台を固めつつあることは、海外での「和食」の立ち位置を考えたときに、深い意味のあるものだと思います。
嘉日
125 East 39th street New York, NY 10016
http://www.kajitsunyc.com/index.html
嘉日のお店は2階建てになっていて、2階が精進料理(野菜のみを調理したコース料理)、1階は通常の和食を提供するこかげというカジュアルなスタイルのレストランになっています。
なる屋(嘉日の二代目の料理長、上嶋さんが京都で経営している本格和食屋さん。)
京都府 京都市中京区 堺町通錦小路上ル539 (最寄り駅は烏丸駅。錦市場の麩嘉さんの路地を入ってすぐです。) |