アメリカ人男性の美意識

この間、会社の日本人の同僚から、日本と欧米の文化の違いが如実な面白い話を聞きました。

アメリカ人で現在は上海在住の人が、日本の割と有名なあるホテルに泊まって衝撃を受けたことがあるそうです。それは一体何でしょうか?

私は先日出張で都心のホテルに数泊しました。考えてみたら、東京出身なので、東京のホテルに泊まるのは、人生初めての経験です。いつも泊まり慣れているアメリカのごくごく平均レベルのホテルと比べて、ベッドの小ささと部屋の狭さに驚いたのですが、それ以外は、ホテルのアメニティーも充実しているし、朝ごはんは和食と洋食のビュッフェが両方食べられてどれも美味しいし、快適な滞在で、このホテルに不満を持っている欧米人がいるとは思いもよりませんでした。

アメリカ人男性が不満だったのは、ホテルにフィットネスジムがないことです。
ホテルに聞いたら、近くの提携ジムを使用できるとのことだったそうですが、それも割引価格とはいえ、有料と言われて驚いてしまったそうです。

考えてみると、アメリカのホテルは、3流のモーテルのようなところにはジムはありませんが、出張で私がよく泊まるような2流ホテル(例えば、Residence Inn, Courtyard, Double treeといったマリオットやヒルトン系列の出張で定番のホテル)でも、小さくても必ずジムとプールがあり、無料で使用できます。それだけ、アメリカ人の需要があるのが、ジムなのです。

確かに、考えてみると、アメリカではジムの会員になり、せっせとジム通いをしている人が多いです。それは、美容と健康に関心がある女性ばかりではなく、男性でも皆常に何かしらの運動をして汗を流しています。

良いマンションであれば、建物内にジムがついていて使用することができますが、マンハッタンの街中には、そうしたジム以外にも、Equinoxをはじめとする高級ジムから、全米あちこちの都市で展開しているお手頃価格のSports Club(頭に都市名がつくので、NYの場合は、New York Sports Club)まで、様々なタイプのジムがあります。

アメリカ人男性がこんなにジムに熱心なのはなぜでしょうか。
それは、日本と欧米での外見の価値観の違いにあるのではないかと思います。
先日、たまたま読んだ海外を飛び回っている日本人男性のブログにも書いてありましたが、欧米人男性にとって、筋肉がしっかりとついた鍛えた身体が重要なのです。それは、欧米人女性がそうした体型を求めているからかもしれません。
夏になるとより肌が露出した服を着るので顕著ですが、街を見渡してみると、日本でいえばいわゆるマッチョのような体型を目指している男性が多いように思います。
中には、筋肉をつけるために、トレーニング前にプロテインのような粉を飲んでいる人もいます。

先日もこちらの人が、やせている男性は病気のように見える、と話していて、日本でやせていることはごく普通のことですが、海外ではそのように思われてしまうのか、と驚きました。

アメリカ生活が長くなると、嗜好もアメリカ人のようになってくることがあり、確かに言われてみると、細い人よりは、鍛えた欧米人のほうが良く見えてきたりもしますが、皆さんはいかがですか?

私がNYへ渡るまで8

この記事は、私がNYへ渡るまでの想いや転機となった出来事について書いています。
連載記事ですので、過去6話がまだの方は、こちらからどうぞ。
ご挨拶&私がNYへ渡るまで
私がNYへ渡るまで2
私がNYへ渡るまで3
私がNYへ渡るまで4
私がNYへ渡るまで5
私がNYへ渡るまで6
私がNYへ渡るまで7

8年前の渡米と同時に始めたブログですが、きちんとした自己紹介文を書いていなかったことに気がついて、こちらのワードプレスへの移行と同時に、私の渡米までの想いを綴ってきました。前回の大使館面接での出来事をもって、私の日本での渡米準備は幕を閉じましたので、この自己紹介シリーズは今回で最終回にさせていただきたいと思います。

渡米時の目標といえば、NYに住み、日本でのキャリアが生かせる仕事について、ゆくゆくはグリーンカードを取得する、ということでした。
振り返ってみると、快晴の日もあれば、予期せぬ津波に巻き込まれて抜け出すのに労力を要したこともあったり、NYに住んだことがある人ならば誰しも経験済みの、日本にいる時には想像もつかないような浮き沈みのある航海でしたが、最近になってようやく波に飲まれず、自分で自分の船を操縦できるようになりました。

海外に腰を据えて住んだことがなかった私にとって、NYでの暮らしに期待していたのは、日本で壁を感じていた自分の英語力を伸ばして、NYの生活に溶け込むことでした。日本からはNYという場所が遠すぎて、それ以上に何かを想像することは正直なところできませんでした。

しかし、8年経った今確実に言えることは、NYに来たおかげで、私の人生は確実に彩り豊かになった、ということです。英語の力を少しずつ伸ばしていく中で、アメリカ人の同僚たちが普段考えていることを知ったり、アメリカ流のビジネスのやり方を学んだり、アメリカのニュースに触れてアメリカという国をもっと知ったり、日本にいた時には不思議に思っていたアメリカの考え方を理解したり、今まで世界地図でしか眺めたことがなかった国の人たちと繋がってリアルな交流ができたり、そんな人たちから見た日本の姿から客観的に日本という国について考えたりと、英語という枠をはるかに超えたところへ私の世界観は広がっていきました。これは、渡米前には想像もつかなかったことで、それに気づき始めた数年前から、このブログでは、アメリカから見た日本について、そして、私がNYでの生活を通して感じたこと、さらには、日本から海外へと旅立ってみたい人向けの記事を載せてきました。

その想いは今後も変わりません。このブログが、NYが好きな人、NYでの暮らしに興味がある人にとって、現地の生の声が聞ける場所、そして、日本から世界を目指したい人にとって彼らの夢を後押しする場所になることができましたらうれしいです。

NYでのこの8年間の珍道中は、過去記事をぜひご覧ください。まだ全ての記事の移行が終わっていませんが、ワードプレスになってから、一つの記事でも複数のカテゴリーに分類できるようになったので、興味あるカテゴリーの記事から見ていっていただけたらと思います。

この渡米までのシリーズは今回で終わりますが、これからも、どうぞよろしくお願いします。

NYで築く本物の人間関係

振り返ってみると、たった8年間のNY生活の中では、数え切れないほどの出会いと別れがありました。NYという土地柄、永住するつもりで来ている人ばかりではないので、仲良くなっても、学校を卒業したり、旦那さんの駐在の任期が切れたりといったライフスタイルの変化で日本へ帰って行く人は多いですし、色々な事情でNYを離れてアメリカ国内の他の都市へ引っ越す人もいますし、また、中には突然音信不通になって消えて行ってしまった人もいます。

NYは人の動きが早いので、長く付き合える良い友人を作るのが難しい都市ともよく言われます。そんな都市で、時間をかけて、何もないところから少しずつ人間関係を紡いでいって、素晴らしい友人や知人ができたことは、私の一生の財産です。

東京での社会人生活に終止符を打って渡米した最初の1年は普通の語学学校生だったので、日本人が自己紹介の時に必ず渡す名刺もありませんでした。大学院やMBAで華やかな学位を目指している人や、アメリカ企業でばりばり働いている人の傍らで、私はただ英語の勉強をしているだけだったので、これといった肩書も全く、それでも、NYで働くという夢を持ち合わせているという状況でした。同じ日本人でも、そんな私を応援してくれる人もいれば、不思議なことをしている人がいるなぁといった感じで見ているような人もいました。

私自身のNY生活は何もないところからスタートしているので、私も初対面の人の肩書や職業はあまり気にならず、国籍や年齢を問わず、どんな人にも同じように接しているのですが、NYのように人種のるつぼのような都市でも、そういう人ばかりではなく、近所のカフェの共同経営者のおじさんは、接客業で苦労しているそうです。ホスピタリティー精神にあふれたアットホームなカフェですが、特に名が知れたわけではない小さな小さなカフェなので、お客さんによっては、カフェのオーナーのことを下に見てひどい対応をすることがあるようです。アラブ民族が基盤のアルジェリアでは、その後のフランスによる植民地時代の影響で、学校は午前中はアラビア語、午後はフランス語で授業が行われてるため、学校に行けなかった年配の世代を除いた国民のほとんどはアラビア語とフランス語が堪能です。そのアルジェリア人のオーナーがある日フランス語で話しているのを見たあるお客さんは、その日から手のひらを返したように対応が変わったそうです。それまでは、名もない国からの移民と思っていたようですが、フランス語ができるのできちんとした人だと見方を変えたようです。

母国のアルジェリアは仲間を助け合うお国柄だからと、私にはいつも親切で、最近は何も言わなくても私が好きなturkish coffeeを淹れてくれ、サンドイッチやお菓子をごちそうしてくれるフレンドリーなオーナーなのですが、半分ぐらいのお客さんはオーナーに失礼な対応をするようで、そういう人たちとは、ちょっとした会話すらもしないそうです。

日本では大人になってから知り合う人との間では、まずどんな仕事をしています、といった話から入り、お互いにさり気なく肩書を確認していることが多いかもしれませんが、NYでは、このアルジェリア人のオーナーのように、私が一体どんな仕事をしているのかすら知らない場合もあります。
あなたは初めてこのお店に来た5年前から僕への対応が良いお客さんだったから、と言って、今ではアルジェリア流ホスピタリティーでもてなしてくれるのはありがたいですが、そのおじさんとの会話から、人間関係の本質を再確認したような気がします。

*写真は、NYでついに見つけたバンクシーの作品。数年前に、バンクシーはNYでゲリラ的に創作活動をしていて、街のいくつかの場所に作品を残しました。これは、その作品の1つ。この作品は、ユダヤ人が経営するNYの人気スーパーZabarsの近くにあり、Zabarsが保存のために尽力しているようです。
バンクシーのプロフィールはこちらからどうぞ。

人生の水先案内人

私は、自分が達成しようと思うことは、努力なしではなし得ないと思うので、ただお祈りしたり、占いを見て一喜一憂したり、ということは全くないのですが、NYに来てから、何人かの有名な方に運勢を見てもらったことがあります。

世界中から才能溢れる人が集まる土地柄か、NYには、生まれながらにしてその人のオーラや過去、未来、さらには他人どう思っているかが見える、という人が他の場所に比べて多いように感じています。

私は、あまり思い詰めたりしない性格なので、こうした方たちに会いに行くときは、人生のどん底、というわけではなく、何となく興味本位から、という場合が多いです。
また、どうしても達成したい、と思うことは、誰かに止められてもやってみないと後悔するので、たとえどんなに有名な方からのサイキックリーディングセッションでNY行きを止められたとしても、間違いなくNYに来ていたと思います。
サイキックリーディングに対しては、そんな軽いトーンですが、最近、友人の紹介で、今後人生の水先案内人になってくれそうな予感がする素晴らしいアメリカ人女性に出会ったので、今日はMelissaについて書いてみたいと思います。

幼少の頃から魂の声が聞こえた、というメリッサですが、そうした特殊能力を他人に知られることが怖くて、長いこと教師として、全く別の人生を歩んできました。転機が訪れたのは数年前のこと。体調を崩し、教師の仕事が続けられなくなってしまったのです。その時、そろそろ天性の才能を生かしたサイキックリーディングを始めても良いですよ、という天からのお告げがあり、現在はハーレムの自宅で毎日セッションを行っています。

一見普通のおばさんですが、包み込むような優しさとセッション中の真剣な眼差しには、天から授かった不思議な力を感じずにはいられません。

セッションは、その人のオーラや周りの魂から読み取れるメッセージ(セッション中に亡くなった方の魂が降りてくることもあるそうです)をメリッサがひたすら白い紙に書き、その内容を説明するパートと、タロットカード、自由な質問コーナーといった構成ですが、メインはなんといっても、オーラから読み取れるメッセージです。

私の場合、事前に何も話していませんが、私が描いている今後の目標はメリッサには見えていて、そのためのキーパーソンとなる人たちについても、具体的に教えてくれました。

ただ、未来はあくまで自分でつくるもの。たとえ良いことを言われても、努力なしでは実現はしません。キーパーソンとなるおじさんたちにはまだ会っていないと思うので、どうやったら会えますか、と尋ねたら、早く私の前に現れてください、と強く願いましょう、と言われました。

何事も、強く願うと叶うというのは、シンプルなおまじないのようですが、私の場合、今までの人生で、強く願った結果、どう考えても普通ではあり得ない、ということが何度か実現しています。

最近は、メリッサ以外にも、インド占星術の知識が豊富で頼りにしている友人から、強く思うだけじゃなくて周りに話した方がいい、とアドバイスを受けて、少しずつ自分のプランを話し始めてみたりしています。
この青写真が、数ヶ月後にどんな色合いに変化しているのか楽しみです。

何でも他人の助言に頼ってしまうと、万が一期待していた予言通りにならなかったり、突然不幸なことが起こったりしたときに対処するのが難しくなってしまうかもしれませんが、自分なりの道筋があり、それを補完する形でサイキックリーディングを受けると、自分の夢を後押ししてもらっているようで、とても心地が良いです。

メリッサにも、あなたはNYにいる運命にある、と強く言われたのですが、私自身も、私が今ここにいるのは必然だと思うことがよくあり、遠い昔、NYでひっそりと暮らしていたのかもしれません。

Melissa
https://www.healingwithmelissa.com/
HPにはなぜか載っていませんが、60分120ドルのコースがおすすめです。

私がNYへ渡るまで7

この記事は、私がNYへ渡るまでの想いや転機となった出来事について書いています。
連載記事ですので、過去6話がまだの方は、こちらからどうぞ。
ご挨拶&私がNYへ渡るまで
私がNYへ渡るまで2
私がNYへ渡るまで3
私がNYへ渡るまで4
私がNYへ渡るまで5
私がNYへ渡るまで6

 

アメリカ大使館での面接は、2つのパートに分かれます。
指紋採取と大使館職員との面接。

重要なのは、もちろん大使館職員との面接ですが、毎日たくさんの人たちが訪れるので、職員面接の窓口はいくつか用意されていて、名前が呼ばれたら、指定された窓口へと面接へ行く仕組みになっています。

恐そうなおじさんから、若くて親切お姉さんまで、色々な職員の方がいるので、どの職員に当たるかは、ほぼ運命です。
運悪く厳しい職員に当たり、面接で落とされてしまった私。
本来であれば、そこで全てが終わりです。

その後NYで出会ったどの友人に話しても驚かれるのは、私にはまだチャンスが残されていたのです。その職員に、「ビザはあげられない。この窓口に長い列ができてしまっていて後ろで待っている人たちがいるから、列の最後尾に並び直しなさい。」とだけ言われました。

頭の中はNYでいっぱいになっていた私は、列に並び直しながら、この職員をどうやって説得するかを考えていました。
そして、2度目の面接。ここでも、職員の態度が変わることはありませんでした。
でも、後から考えれば不思議なことに、また、最初の面接と同じ展開になったのです。
列の最後尾に並ぶように指示されました。

そして迎えた3度目の面接。
ここでも押し問答が続きましたが、最後は英語で話していても埒が明かないと思い、日本語でわーっと畳み掛けるように話したら、ついに向こうが折れて、めでたく学生ビザが発行されました。

そして、2009年8月11日の渡米へと繋がったのです。

私は、NYにいる時が、どこにいる時よりも元気でエネルギーに満ち溢れていて、最近、そのことを以前にも増して感じるようになっています。
スピリチュアルな世界とつながることができ、あまりに正確な天性のリーディング能力でNYで最近人気のアメリカ人女性にも、あなたはNYにいる運命にある、と断言されたのも納得です。

間もなく迎える渡米8周年を前に、大好きなこの地で毎日楽しく暮らせていることを感謝する毎日です。

(続く)

*表紙の写真は、路上で無料で詩を作ってくれるお兄さんと詩を求めて列を成す人たち。それぞれの人に違った詩を作ってくれるようで、ぱちぱちとタイプライターを打っています。私にはどんな詩を作ってくれるのでしょうか。今度ぜひ試してみたいと思います。