ニューヨークの移民たち・それぞれの人生

“The nail that sticks out gets hammered down.”

日本の社会を象徴する言葉としてアメリカで言われることがあるのが、「出る杭は打たれる」という表現です。

日本では人より目立たないことが暗黙のごとく推奨され、皆が「日本で」普通と思われている生活を送っていますが、ニューヨークのように人種のるつぼと言われる都市では、見た目も、普段食べているものも、着ているものも、信じている宗教も、1日の暮らし方も、何から何までが一人一人で違い過ぎて、平均や普通といった考え方はありませんし、誰かと同じようになろうとしている人もいません。

ニューヨークでの生活に馴染むのに精一杯だった渡米当初には気がつく余裕がなかったのですが、ニューヨークのようなところに住んでいると、想像の域を超えた富豪もいる一方で、こんなに物価の高い都市でどうやって暮らしているんだろう、と思うような人たちもたくさんいます。

後者に入る人たちの中のほとんどは移民だと思います。誰にでもできる仕事だけれど、機械にはできなくて人が行う必要があり、大変なのでみんながやりたくないような仕事についている人たちは、ほぼ移民と言っても過言ではありません。さらに言うと、もしかしたら、合法なビザを持っていない可能性も高いです。(だからこそ、ブルーカラーと言われる仕事についているのです。)

デリバリーやレストランでの食器洗い係、オフィスビスの清掃係は、ニューヨークでのこうした仕事の代表格かもしれません。

アメリカでは、出来合いのごはんのインターネットでの注文がかなり普及していますが、地方の場合、自分で車で取りに行かなければいけないのに対して、マンハッタンでは、指定した場所まで届けてくれます。私も残業の夕食は会社まで届けてもらうのですが、宅配の人は、雨の日であれ、雪の日であれ、バイクか自転車で、レストランとあちこちの宅配先を行ったり来たりすることになり、かなり過酷な仕事です。

また、レストランで食事を楽しんでいたら気が付きにくいですが、多くのレストランでは、窓もないような地下スペースで、ひたすらお皿洗いをして生計を立てている人もいます。

決まった時給は出るものの、誰もができてしまう仕事なので、昇給は望めないし、キャリアアップもありません。彼らは、ただひたすら、生きるために働いているのです。

アメリカのオフィスビルには、毎晩、概ねの社員が帰宅したあたりの時間から清掃が入ります。一人一人の席のゴミを回収したり、トイレ掃除をしたりと決して楽しい仕事ではありません。残業をしていると、こうした人が私の席のゴミ箱を空にしてくれる場に居合わせることになるのですが、とても暗い表情の人が多くて、毎回、気の毒な気持ちになります。先日、クライアント先でよく顔を合わせる気さくな清掃のおばさんと30分ぐらい話をしたのですが、ポーランドからの移民で、数年前に患って回復した乳がんの傷跡と再発を心配しながら暮らしていることなどなど、赤裸々な話を聞くことになりました。娘たちは母国にいるようで、彼女だけなぜ一人でニューヨークに、と思いましたが、深い何かがあるのかもしれないので、さすがに聞くことができませんでした。

ニューヨークでは、これらの仕事と同じような仕事が、昨日記事に書いたタクシーの運転手だと思います。

ウォール街で何億円も稼いでいる人がいる一方で、陽が当たることのない仕事をしながら最低限の生活をしている人たち。同じ時代の同じ都市の出来事とは思えず、私が何かできるわけではないのですが、考えさせられる現実が広がっている場所、がニューヨークでもあるのです。