幼少の頃から読書が好きで、さまざまな本を読んできました。電子書籍のおかげで、アメリカに住んでいながら日本語の本も日本と同じ価格で手に入るようになり、便利な時代を実感します。
本との距離は近くなった一方で、本の書き手との距離は今も昔もそんなに近くない、というのが現実ではないでしょうか。
作者のプライベートはSNSで知ることができるようになった一方で、本の背景にある作者の想いや価値観は、自分で積極的に調べない限り、意外と知り得ないかもしれません。
2014年に出版した「マダム・キュリーと朝食を」という小説が第151回芥川龍之介賞にノミネートされ、今注目の女流作家である小林エリカさんが英語版出版記念講演をNYで行うと知り、作家の方はどのような想いで本を書かれるのか知りたくて、10月30日にニューヨーク大学で行われた講演会に参加しました。
今回小林さんの英語版が出版となったのは、「トリニティ、トリニティ、トリニティ」と「日出ずる」。翻訳家のブライアン・バーグストンさんとの講演会となりました。
小林さんご自身のHPで、小林さんについて、「目に見えないもの、時間や歴史、家族や記憶、声や痕跡を手がかりに、入念なリサーチに基づく史実とフィクションを織り交ぜた作品を制作する」と紹介されていますが、東京大学の修士課程を出られている秀才です。そして、彼女の講演を聞きながら、高いリサーチ力や考察力、洞察力、そして、それらをクリエイティブにまとめあげる力がある稀有な作家なのではないかと思いました。
10歳の時に読んだ「アンネの日記」が作家への興味を駆り立てたそうですが、作家を志すことになった大きなきっかけは、お父さんの80歳のお祝いのために帰省した実家で偶然見つけたお父さんの日記だったそうです。戦時中の生活を綴ったその日記に、お父さんがまさにアンネと同時代を生きていたことを知ってはっとすると同時に、身近な存在で知らないことはないと思っていたお父さんの知らなかった姿があることに気づき、それが小林さんの人生の大きな転機となったようです。
戦争や原爆というあまり皆が語りたがらないようなテーマに積極的に踏み込み、放射能を発見したマリ・キュリーの生き方に迫ったり、アンネの足跡を辿った旅をしたり、1945年7月に世界で初めて原爆の実験が行われたアメリカのニューメキシコ州のホワイトサンズミサイル実験場の一部、トリニティへ足を運んだりと、自身の目で見た歴史の現場を起点として、当時の記録を丁寧にたどり、そこから感じたことを文として綴っていく。小説でありながらも完全なるフィクションではない小林さんの作品には、彼女の強烈なメッセージが隠されていることを、今回の講演会を通して知りました。
作家としてだけでなく、漫画家、さらにはアーティストとしての顔ももつ小林さんの活動の幅は広く、今回の講演会では、アーティストとして参画した展覧会の様子も紹介いただきました。
2020年夏の東京を舞台とし、オリンピックで沸く街で「見えないことにされる」ものを書いた「トリニティ、トリニティ、トリニティ」を読み終えた今、小林さんの他の作品にもぜひ触れてみたいと思っています。