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ロシア人美女に刺激を受けた2週間

2週間ほど前のある日、2週間休暇をとる人の代理として突然、仕事であるプロジェクトを引き継ぐことになりました。引き継ぎの時、休暇に入る人から、もう大体終わっていて最終調整だけだから大丈夫、と言われていたのですが、蓋を開けてみたら全然終わっていず、ほぼ最初から一つ一つの状況を紐解いて、クライアントやチームメンバーとやり取りをすることに追われる日々でした。

夜のロックフェラーセンター。かなり遅い時間でも観光客で賑わっていました。(対照的に、この記事の表紙は、人気がない朝のロックフェラーセンター。)

そんな一見運が悪い状況に光を灯してくれていたのは、クライアント側の担当者のロシア人美女。

モデルさんのような体型に加えて、お人形さんのような薄い緑色の目にきれいな金髪。さらに毎日おしゃれなビジネス服で出勤していて、それはまるでファッションショーを繰り広げているかのような状態でした。そして、ただきれいなだけでなく、クライアントの要職に就いていて、頭も良いのです。間違いなく私が人生で出会った女性の中で一番の美女(ブログに写真を載せられないのがとても残念です。)。毎日彼女の姿を見るのが、私のこの2週間の楽しみとなっていました。

プロジェクトの進捗状況のミーティングといった限られた機会でしかその美女と接する機会はないのですが、とても性格が良くて話しやすい子で、私はすっかりその子のファンになりました。もっとお話してみたいなと思いつつも、仕事上のつながりなので、もちろんそんな機会もなく、2週間が経った時のこと。

アメリカでは金曜日は早くに仕事を切り上げるのが慣例で、次々に人が帰っていき、私のチームメンバーも皆帰宅し、私一人で残ってパソコンに向かっていたところ、私の席の横のオープンスペースで、クライアントの人たちはお酒を飲んで集っていました。

その輪の中にいた彼女が、少ししてから、「xx (私の名前)、なんで仕事してるの!輪の中に加わろうよ。」と仲間に入れてくれました。ウイスキーが好きなある社員の誕生日で、彼らが小さな宴会と称して飲んでいたのは、なんと山崎12年。

そして、私はその彼女と仕事外でもお話することができたのです。
ロシア訛りもほとんどないきれいな英語を話しているので、私もネイティブみたいにはなれなくてもあんなにうまく英語が話せたらいいな、と彼女の姿を見て常々思っていたのですが、なんと彼女がNYへ来たのは、私と同じ2009年のこと。18歳の時にたまたま応募したグリーンカードが当たった旦那さんが、アメリカでチャレンジしてみたいということで、知り合いもいないNYに旦那さんと二人で越してきたそうです。

リーマンショックの余波を受けた最悪の景気の中、移民にビザサポートをしてくれる企業もなく、1年もかかった私のNYでの就職活動でしたが、彼女は同じ年に渡米したけれども、ある広告代理店の社長(ウクライナ人)と知り合う機会に恵まれ、ビザのサポートをしてもらい、たった2ヶ月で仕事が見つかったそうです。今では流暢な英語を話していますが、その当時は英語力もゼロで、仕事の電話先でアメリカ人が話していることが全く分からず、何を言われても"maybe"と答えていたと笑っていました。

ロシアはとても古風な国で、今でも20代前半で結婚しないとという風潮があることなどを例に挙げながら、NYが気に入っていると話していた彼女。自由な考え方や生き方が認められているNYは魅力的だよね、なんて話をしました。

私は、男女問わず魅力的な人と話をするのが好きなので、絶世のロシア人美女とほんの少しだけ距離を縮めることができて、大変な状況の中でもその先には良いことが待っていることを実感した金曜日の夜でした。そして、もっと英語の勉強を頑張ろうと良い刺激を受けました。


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