NYから世界を考える

14年ぶりに再会したカザックフレンドの今

先日、嬉しい再会がありました。
14年前、渡米初年度に通っていた語学学校で知り合ったカザフスタン出身のR君です。

ニューヨークの語学学校はその場所柄、世界情勢の縮図のような状態で、渡米当初に私が通っていたコロンビア大学附属の語学学校(*)には、カザフスタンの高校を卒業したばかりの留学生が大挙していました(* コロンビア大学の語学学校へ通っていたと言うとよくびっくりされますが、大学自体はアイビーリーグの一つで入学は大変ですが、語学学校は授業料を払えば誰でも通うことができます)。

コロンビア大学の正門。アメリカの大学の象徴のようなアカデミックな雰囲気が大好きです。なお、この記事のカバー写真は、キャンパス内にある語学学校の校舎

 

その当時のカザフスタンは、1991年から政権を執っていた大統領による長期政権で、世界に通用する人材育成をという国の方針のもと、オイルマネーで潤った国家資金を注ぎ込んで、優秀な若者を英語圏の国々に次々と派遣していたのです。
その数は、毎年、数百人という規模だったのではないでしょうか。
私の語学学校だけでも十人はゆうに超えるカザフスタン人が様々なクラスに散らばっていました。

国による厳しい選抜試験をくぐり抜けた人たちは、語学学校へ通った後に英語圏の大学へと通うことができます。アメリカの一流大学を目指して、皆熱心に勉強していました。

オイルマネーのすごさを知ったのは、授業料だけでなく生活費も全額、国もちということ。大学卒業後5年間は母国で働かなければいけないというルールがありましたが、その後は自由というなんとも太っ腹な奨学金プランに、当時、とても驚きました。
また、アメリカへ来たばかりなのに流暢な英語を話している彼らを見て、日本の英語教育との差に愕然としたのも事実です。

私より10歳も若いカザフスタンのクラスメイトたちは皆、素朴でまっすぐな性格。
R君とも、歳の差を感じることなく、自然に仲良くなりました。当時は授業の後や休日にみんなで出かけたりと交流していましたが、その後、R君が別の州の大学へと行き始めた頃から、連絡は途絶えてしまい、いつしかFacebookで繋がっているだけ、という関係に。

そんなR君から突然メッセージが届いたのは先月のこと。
「今もニューヨークにいる?来月ニューヨークに行くのでぜひ会おう!」との連絡でした。

14年の空白を埋めるように、お互いの近況を報告し合いました。
奇遇にも、R君がアメリカの大学を卒業した後、母国へ戻って最初に就職した会社は東京海上の子会社だったそうです。エンジニアとして、その後、いくつかの会社を経て、今はフリーランスに。

カザフスタンに住みながら、アメリカのスタートアップと三菱重工の米国子会社のエンジニアの仕事を契約社員として請け負って生計を立てているそうです。
母国で正社員となるよりもずっと給与水準が良く、今の環境が気に入っていると、生き生きしていました。米国にいるチームと連絡を取るために米国時間での勤務体系のため、お昼ぐらいから仕事を始めて夜遅くまでパソコンに向かう日々のようです。

R君がお土産にくれたカザフスタンのチョコレート。母国で知らない人がいないほどに有名なチョコレートだそうです!

 

今回のアメリカ旅行では、大学時代の教授や友人たちと再会したり、さらには、今お仕事をしているスタートアップ企業の創業者にも会いに行ったそうです。
このスタートアップ企業は世界中の優秀なエンジニアを雇うために、十人ほどの社員のほとんどがアメリカ以外の国に住んでいるそうで、時代の最先端を行っているような気がしました。

米国ではパンデミックを機にリモートワークが普及し、パンデミックが収束した今でもオフィスに戻る人が少ないことが経営者の頭を悩ませているとニュースにもなっています。リモートワークを許容している会社でも、税金関係の処理等の煩雑さを避けるために、居住地は米国内と限定している会社がほとんどです。そのため、友人が働く会社のように、世界のどこにいても良いというのは、かなり柔軟な対応ではないでしょうか。全員がリモートワークで本社自体が存在しないので、創業者のご自宅に招かれてランチをしたそうですが、創業者自身のフレンドリーな対応も、米国のスタートアップの特徴かもしれません。

R君をはじめとする語学学校時代のカザックフレンドのおかげで、日本に住んでいた時には未知の国だったカザフスタンが身近な国となりました。それまでは、私にとってカザフスタンは、旧ソ連の一部、という断片的な知識しかありませんでした。しかし、カザフスタンは地理的には中央アジアに位置し、髪の毛の色も黒くて見た目はアジア人そのもの。国土面積は世界9位で、世界最大の内陸国です。

R君によると、封建的な国でアメリカとは対照的のようですが、今回のニューヨークでの再会をきっかけに、いつの日か、R君の母国でも再会できたら、との思いを新たにしました。

R君との再会後に部屋の整理をしていたら出てきた、当時R君からもらった絵葉書セット。母国のことを知ってもらえたら、とR君がくれたのです。本人はこのことをあまり覚えていないそうですが、自分の国のことを知ってもらいたいという気持ちはどこの国の人も一緒なんだなぁ、となんだか粋なプレゼントに見えて、当時の私には印象深い出来事でした


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